ワンルーム 第1回

「ずいぶん派手にやってたな」
 隣の自動販売機にいた男からソウは不意に声をかけられた。ルーズなネルシャツにジーンズ、ヤンキースのキャップ、首から大きなヘッドフォンを下げている。まったく知らない男だった。
「オレの方が優勢だった。止められなければ勝ってたよ」
 コーラを取り出しながらソウは答え、脇にあるベンチに座り一気に流し込んだ。パンチを食らって切れた口の傷にコーラのきつい炭酸がピリピリと染みた。
  今の自分は仮の姿だ。そう思って通いだした大検スクールでは何も問題は起こさないつもりだった。誰にも話しかけられないようにバリアを張り、そして、自分からは話しかけないようにおとなしくしていた。しかし、この場所で唯一の友達が絡まれ、仲裁に入ったはずが……。頭に血が上りほとんど覚えていないが、パンチを浴びせ、パンチを食らうタイマンの展開で、何枚もガラスを破ったらしい。気がついたら何人もの大人に体を押さえられ、この小競り合いが中断したことを思い出した。
 目を上げると、絆創膏を貼った痛々しい自分の顔が窓に映っていた。隣のベ ンチではヘッドフォンをしたさっきの男が小刻みに首を振っているのが見えた。パンチを喰らい腫れた目でちらりと横を見ると、男と目があった。
「俺もな、杉山にやられて。ついこの間あごのギブスが外れたばかりなんだ」
 男はそう言うと笑みを浮かべながら、うっすらと無精髭の生えたあごをさすった。このひと言だけで、この男に何があったかはだいたい察しがついた。見てくれは争いごととは無縁のように見えたこの男だったが、同世代最強と言われる杉山誠也とやりあったということだ。
 授業開始のチャイムが鳴った。気怠そうにベンチを立ち上がった男にソウは「今、何やっているんだ」
 と興味本位で声をかけた。
「あぁ、コレをやっているんだ」
 とヘッドフォンを差し出し、あごで「聞いてみろよ」とサインを出してきた。
 ソウはそれに従い、耳をすっぽりと覆うヘッドフォンをかけた。
「ドッ、ドドッ……」
 鼓動にも似た低音が体の隅々まで駆け巡る。ときおりノイズのような音が炸裂し、音楽が切り替わっていく。今まで聞いたことのない音に、強烈なパンチを浴びせられたような衝撃を感じ、一瞬頭の中が真っ白になった。
「これはスゴイな」
 ソウはつぶやくように答えてヘッドフォンを返した。
 男はニヤリと笑い、
「オレがミックスしたんだ。これやるよ」
 とウォークマンからテープを抜き取りソウに投げ渡し、校舎の中へと消えていった。
 ソウはテープをポケットにしまい込み、大検スクールを後にした。
 家に帰ると部屋に籠もり、大音量でテープをかけた。この日はじめて知ったHIP HOPという音楽のビートがただひたすら心地良かった。そして、この音が心の中でもやもやしているもの——仕事一筋であまり家庭をかえりみなかった厳格な父親、肩を落として泣いていた母親。そして、高校を退学した今の自分——をすべて消し去ってくれるような気がした。